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電気通信大学 共同研究センターメール No.25 巻頭言

実社会に結びつく研究 - 旧ベル研究所の秘密 -

共同研究センター長 教授 三木 哲也

工学分野の研究は、最終的には実社会に役立つことを目指していることは言うまでもない。理学的興味から発した研究であっても、そこで得られた研究成果がかなり直接的に技術開発に応用され大きな実用的価値を生んだ研究も枚挙にいとまがない。そういう意味では、我々のおこなっている研究活動は全て、直接、間接に社会に貢献していると言える。一般論で言えば、いまさら「大学の社会貢献」というのも何か変である。共同研究による産学連携は、大学にとって外部資金の導入という大きな意義大のあることはすぐ分るが、大学の研究そのものに対してはどういう意義があるのだろうか。
旧AT&Tベルシステムは独占禁止法に問われて1984年に会社が分割されたが、AT&T傘下にあった有名なベル研究所は、電気通信技術を目的としながらも幅広い研究を展開し、稀に見る多くの研究成果を挙げた研究所としてつとに有名である。会社の分割にともなって、ベル研究所もはじめ2つに分れ、その後さらに変遷を経て、その主力部隊はルーセントテクノロジー社の研究所となり今日に至っているが、以前の巨人の面影は無い。分割前のベル研究所は、米国の電気通信をほぼ独占する一大組織のブレインとして技術開発を一手にてがけて、組織内での貢献はもとより電気通信分野のほぼ全てのイノベーションを行い、事実上の国際標準をほぼ全て作ってきた活力あふれる研究所であった。
ベル研究所がこれほどの研究成果を挙げることの出来た理由は、世界の優秀な人材を集め、豊富な研究費を注ぎ込み、基礎研究にも十分力を入れる経営方針にあったためと、一般的には分析されている。これらはもちろんその通りであるが、実はもう一つの重要な点があったのである。以前のベル研究所では、研究所の成果をAT&Tの事業に導入するプロセスにおいて、すなわち実用化に当たって研究者自身が自ら、どのようなところで実用化試験(Field Trial)を行うかを決め、それに向けての計画を作り、研究を推進していたのである。技術を導入する事業側との綿密な共同作業によるものであることは言うまでもない。この研究サイド主体の実用化プロセスが、世界に普及する、優れた研究成果を出し得たもう一つの鍵であったこと、今はこれが出来ないことを、友人であったベル研究所の小川謹一郎氏から打ち明けられたことがある。これは、研究が優れた技術として日の目を見るには、このような研究開発のプロセスがいかに大事であるかを物語るものである。因みに、小川氏は光通信技術で多大な業績をあげ、ベル研究所において日本人としては最高の職にあったが、惜しくも昨年急逝された。なを、小川氏には本学において第20回研究開発セミナー(平成9年4月18日開催)にて「日米の情報通信と研究開発土壌」と題する講演をして頂いたことがある。
これは、旧ベル研究所に限らず多くの組織で経験されていることでもあることが、容易に想像される。社会に役立つ良い研究成果とするには、研究の芽を作った研究者が主体となって、それを企業化しようとする人たちと密接に協力する研究開発プロセスが、不可欠であることを示していると言えよう。この観点からすると、大学の良い研究成果を、社会の中で十分役立つ技術や製品に結びつけるには、論文発表をもって止まってしまっては問題がある。研究成果を世の中に出すための共同研究は、大学の社会貢献の責務を果たすために不可欠なプロセスと言えるのではないだろうか。

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