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電気通信大学 共同研究センターメール No.12 巻頭言

教官と兼業
−産学共同研究に関する規制緩和について−

共同研究センター長 教授 御子柴 茂生

1. 中央研究所と基礎研究所

研究所の新設

太平洋戦争末期、戦況が明白になってきた頃、日米の科学技術力の差が関係者の間にいやでも認められるところとなった。例えば米軍のレーダー技術により日本は多くの航空機を失った。また、たった2発の原子爆弾が日本の戦争終結を決断させるに至った。これがきっかけとなり、研究の重要性が認識されるようになった。戦後処理も一段落した1950年頃、多くの企業が「中央研究所」、あるいはこれに類する研究所の設立を急いだ。
その後、中央研究所が一定の成果を挙げつつも、科学技術の「日本タダノリ論」が頻繁に論じられた。欧米の諸国が多大なマンパワーと研究費をかけて得た基礎研究の成果を日本はタダで使用し、製品化したものを世界中に売って利益を得ている、というわけである。エコノミック・アニマルと呼ばれ、金儲けはうまいが道義的責任を果たさない、と海外から批判された。
このような批判にも対処するため、バブル経済たけなわの1980年代、主要企業が「中央研究所」とは別に、ハイテクで固めた美しいビルの「基礎研究所」を設立した。これにより企業イメージも多いに高まった。

米国では

一方、科学技術において日本を数年から10年リードしていると見られる米国の企業では、研究所離れが進行している。Bell Communications ResearchはLucent Technologiesへと衣替えした。RCA Princeton Lab.も同様である。企業内における研究は、短期的に成果の挙がる開発オリエントのテーマに絞られつつある。しかし、だからといって米国が基礎研究を疎かにしているわけではない。多額の研究費を支払うことにより、大学に依頼しているのである。教官も、自分で研究費を集めなければならない環境にあるため、産学共同研究は1970年代から既に盛んに行われている。
この、企業の研究所離れは、日本でも確実に進行しているようだ。1つのテーマの研究開発に当てられる期間は次第に短縮されている。これに従って研究の実用化率は向上しているが、反面ブレークスルーとなる技術開発が減る可能性もある。
以下、大学と企業とが共同研究を進める際の利点を挙げて見よう。基本的な考えは、ギブ・アンド・テイクが成り立たねばならないことである。

2. 企業の受けるメリット

共同研究により企業の受けるメリットには、経済的効果、研究のリスク分散、外的知識の導入などがある。

経済的効果

大学が共同研究を引き受ければ、企業は教官および学生の労働力を使用することができることになる。もちろん共同研究費は支払う。しかし、正社員を1名雇用すれば年間2000万円程度かかることを考慮すれば、共同研究の方が経済的に得である。いうなれば国の税金で教官を雇い、あるいは国の税金で大学を建設して学生を集め、これらを労働力として使うのであるから、安いのは当然である。
しかし、国家の税金で特定の企業のみに恩恵を与えても良いのであろうか。答は、「良い」のである。日本経済の構造的景気低迷の打開策として、税金を公共事業に投資したり、様々な補助金を出すことが考えられる。しかしこれらは一時的なカンフル剤に過ぎぬ場合が多く、個々の企業の力、すなわち日本経済の底力を引き上げることにはなかなか結び付き難い。このような観点から、国の関連省庁も共同研究を推進している。1996年の科学技術基本計画では、日本経済活性化のため、大学が産業界にてこ入れすることを奨励している。たとえば国家公務員である教職員は、1997年4月から民間企業にも同時に勤務することができるようになった。

研究のリスク分散

企業の受けるメリットの2つ目は、研究のリスク分散である。企業が研究費を削減すれば、研究テーマ数も当然減少する。たとえば高密度電子源を開発しようとする。電子放射を得るためには、物質を加熱する、紫外線を照射する、強い電界を印加する、など多々あるが、どれが最良の方法であるかは未知である。これらの中の1つを企業が、他をいくつかの大学がそれぞれ分担すれば、短時間で全方式の優劣を見極めることができる。また限られた時間内に研究を成功させる確率は高くなり、テーマ選択のリスクが分散する。
このリスク分散効果に対しては、企業が大学に「わが社は年間いくら支払っているから、毎年その額に見合うだけの成果を上げてもらわねば困る」といった要求をしてはいけない。研究を依頼した複数の大学が、何年かにわたって順に成果を上げていけばよいのである。

外的知識の導入

さらに、研究を大学に依頼することによって、企業内に存在しない知識を導入することができる。企業は特定の製品の開発に追われ、その製品の性能を大幅に改善するための基礎的検討などやっている時間的余裕のないことが得てして多い。一方大学では企業のように短期的な人事査定がないため、成果が出るまでに長期間を要するテーマを選ぶことができる。また、当れば大きいが、同時に失敗の可能性も大きいテーマを選ぶことも可能である。このため、企業と異なった物の見方ができる。
一見関係無さそうな方向から課題を解決しようと試みることもできる。たとえば機械式タイプライタは改良に改良が重ねられ、非常に使いやすくなった。しかし、同種の技術を用いていくら改良を重ねても、決してワープロには結び付かない。全く異なった分野の技術との組合わせが必要だったわけである。しかし、果たしてどのような技術と結び付けばよいのかは分からないのであるから、一企業で研究をやるよりも外的知識を導入した方が好ましい。
このような、企業で育てることが困難な分野の知識を既に有している教官が大学にいれば、共同研究相手としては打ってつけである。進展速度の速い科学技術の世界における研究・開発は、その内容が勝れているだけでなく、タイムリーであることが要求される。他の競合デバイスより先に市場を制しなければ、金輪際埋もれた技術となってしまう。この点でも共同研究により成果を挙げるまでの期間を短縮することもできる。

3. 大学の受けるメリット

企業との共同研究により大学の受けるメリットは、経済的支援、設備的支援、および学生教育の場が与えられることである。

経済的支援

国立大学教官には毎年一定額の研究費が支給されるが、決して十分とはいえない。たとえば年間の旅費としては、東京から九州に2泊の出張をする程度の額しか出ない。米国にでも行こうものなら、泳いで帰って来なければならない。しかし、学会は重要な研究活動の一部である。学生にも国内・外で積極的に発表させないと、研究活動が低迷してしまう。
旅費ですらこの状態であるから、特に実験系教官にとって研究費の不足は死活問題である。オシロスコープ1台で、ワークステーション1台で、世に出して恥ずかしくない学生を育てることはできない。世界に冠たる研究を行うこともできない。共同研究による経済的支援は、研究活動の重要な要素なのである。

設備的支援

たとえば最高性能の描画装置、あるいはクリーンルームなどの半導体製造設備は高価である。また、新らしい装置が出現した途端陳腐化してしまうが、この世代交代も早い。さらに、このような設備には維持管理作業員が必要であるが、このような作業には研究的要素が少いため大学には従事希望者がいない。運転に要する電気代や冷却剤代などの経費も大きく、潤卓な研究費が無いと、単に装置を稼働させるだけで予算を消化してしまう。1つの大学がこのような最新の設備を導入するのはあまり得策ではない。むしろ、このような設備を所有している企業と共同研究をすることにより、研究結果の試作を企業に依頼する方が現実的であろう。

学生教育の場

企業との共同研究により、学生は世の中の最先端のテーマについて研究することができる。在学中にこのような機会を与えられ、また国内の学会、あるいは国際学会で発表して他の研究者と交流することは、特に将来研究・開発分野に進む学生にとって恵まれた出発といえる。一旦企業に就職すれば、国際学会などには何年か出張させてもらえない。このように、大学は就職後直ちに役に立つ学生を送り出すことにより、産業界に貢献することができる。

4. 共同研究センターでは

以上述べたように、企業と大学はニーズを互いに補い合うことのできる良き仲間なのである。ただしこのためには共通の将来ビジョンが必要である。従来、企業は顔つなぎ的に奨学寄付金を支払い、特に見返りは要求しないことが多かった。しかしこのような考えでは、産学共同研究は長続きしない。大学は研究費に見合った成果を出す必要がある。
共同研究センターでは、上に述べた様々な目的を達成するため、共同研究の仲介役を勤め、共同研究のやり易い環境を整え、また共同研究遂行の場所を提供している。

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